てこの原理の見つけ方

【システム分析 実践】特定したてこの原理が効かない原因:システムの抵抗と適応を理解する

Tags: システム思考, システム分析, てこの原理, 抵抗と適応, プロジェクトマネジメント

はじめに

システム分析を通じて「てこの原理」となりうる介入点を見つけたとします。これは、システム全体に大きな、かつ望ましい影響を与えるための重要な一歩です。しかし、実際にその介入を実行しても、期待したほどの効果が得られなかったり、時には予期せぬ問題が発生したりすることがあります。

なぜ、てこの原理への介入は常にスムーズに機能するとは限らないのでしょうか。その背景には、システムが持つ「抵抗」と「適応」という性質が深く関わっています。システムは静的なものではなく、常に内部や外部の変化に応じて動的に振る舞います。特定の介入点への働きかけは、そのシステムの均衡を一時的に崩しますが、システム自体が新しい均衡状態を見つけようとする働きがあるのです。

この記事では、システム分析で特定したてこの原理が「効かない」と感じる状況に焦点を当て、その主要な原因であるシステムの抵抗と適応について解説します。これらの概念を理解し、分析や介入計画に組み込むことで、より実効性の高いてこの原理の特定と実行が可能になります。

システムの「抵抗」とは何か

システムにおける「抵抗」(Resistance)とは、外部からの介入や変化の試みに対して、システムが元の状態や構造を維持しようとする働きを指します。これは、システムの安定性を保つための自然な反応とも言えます。

プロジェクトマネジメントの文脈で考えると、システムの抵抗は以下のような形で現れることがあります。

てこの原理に基づく施策は、システムの既存の構造や関係性に変化をもたらそうとする性質上、このような抵抗に直面しやすいと言えます。この抵抗を無視して強引に介入を進めようとすると、施策がうまく機能しないだけでなく、関係者の反発を招き、プロジェクトの推進力を失う可能性もあります。

システムの「適応」とは何か

一方、「適応」(Adaptation)とは、外部からの介入や変化に対して、システムがその影響を吸収したり、新しい均衡状態を模索したりする働きを指します。抵抗が変化への反発であるのに対し、適応は変化を受け入れた上で、システムが新しい振る舞いを学習・開発するプロセスとも言えます。

プロジェクトにおけるシステムの適応は、以下のような形で観察されることがあります。

適応は、システムが持つ自己組織化の能力の一面です。てこの原理による介入は、システムに意図した変化をもたらすことを目指しますが、システムは独自の論理で反応し、新たな均衡点に落ち着こうとします。この適応のプロセスを理解しないまま介入を行うと、施策の効果が一時的なものに終わったり、別の場所で新たな問題が生じたりすることになります。

てこの原理が抵抗・適応を受けるメカニズム

システムが抵抗や適応を示すのは、その内部に複数の要素が複雑に連携し、相互に影響し合うフィードバックループが存在するからです。てこの原理への介入は、多くの場合、これらのフィードバックループの構造や強度を変えることを試みます。

例えば、因果ループ図で表現されるようなシステムの構造を考えてみましょう。あるバランシングルループ(目標達成を阻害するループ)を打ち破るために、そのループを強化する部分への介入(てこの原理)を行ったとします。一時的にはシステムの状態が目標方向へ動くかもしれません。しかし、その変化が別のバランシングループを活性化させたり、システムの別の部分がその変化を打ち消すような振る舞いを始めたりすることがあります。これが代償フィードバックの一例です。

また、ある要因を増やそうとする施策(例: 品質チェックの強化)が、別の要因(例: チェック担当者の疲労、開発工数の増加)を減らすフィードバックループを強化してしまうこともあります。このように、システムは意図した変化を打ち消すような、あるいは新たな問題を生み出すような自己調整機能を持っているのです。

抵抗・適応を乗り越えるためのシステム分析的アプローチ

抵抗や適応はシステムの自然な振る舞いであり、完全に排除することは困難です。重要なのは、これらの可能性を事前に予測し、分析と介入戦略に組み込むことです。

  1. システム構造のより深い理解: てこの原理候補を見つける際に作成したシステム構造図や因果ループ図を再度詳細に見直しましょう。特に、以下のような構造に注意が必要です。

    • 強いバランシングループ: 目標達成を阻害したり、現状を強く維持しようとするループは、抵抗や代償フィードバックの原因となりやすいです。
    • 複数のフィードバックループの相互作用: 一つの介入が複数のループにどう影響し、それらのループが互いにどう影響し合うかを分析します。
    • 遅延 (Delays): 介入の結果が現れるまでに時間がかかる場合、その間にシステムが適応し、効果を打ち消す可能性があります。また、抵抗の兆候が現れるのも遅れることがあります。
    • 意図せぬ因果関係: 分析対象としていなかったシステムの他の部分との間に、隠れた因果関係がないかを探ります。
  2. 潜在的な抵抗・適応ポイントの特定: システム構造の理解に基づき、特定したてこの原理への介入が、どの関係者にとって、どのような習慣にとって、どのような既存のプロセスにとって「抵抗」となりうるかを具体的に洗い出します。また、介入によってシステム内のどの指標がどう変化し、それが他のシステム要素にどのような「適応」(特に代償フィードバックや予期せぬ行動)を引き起こす可能性があるかを予測します。

  3. 多角的な指標によるモニタリング: てこの原理に基づく施策を実行した後は、施策の直接的な効果を示す指標だけでなく、システム全体の様々な側面を継続的にモニタリングすることが重要です。KPIだけでなく、チームの雰囲気、コミュニケーションの質、非公式な情報交換、新たな課題や懸念の声など、定性的・定量的な情報源からシステムの反応を観察します。これにより、抵抗や適応の兆候を早期に捉えることが可能になります。

  4. 介入戦略の柔軟な調整: システムの抵抗や適応の兆候が見られた場合、計画した介入方法や範囲を柔軟に調整する必要があります。

    • 抵抗への対応: 関係者への丁寧な説明、施策の目的や必要性の共有、フィードバックの収集と反映、スモールスタートでの導入、段階的な変化の推進など、抵抗を和らげるためのコミュニケーションや導入方法を検討します。
    • 適応への対応: 代償フィードバックによって生じた新たな問題に対して、追加的な介入やルールの調整を行います。予期せぬ行動が見られた場合は、その原因となるシステムの構造(例: 報酬システム、情報不足)を特定し、てこの原理とは別の介入を検討します。
    • 複数の介入の組み合わせ: 単一のてこの原理への大きな介入ではなく、システムの複数のポイントに対して、より小さく調整可能な介入を組み合わせることも有効です。
  5. 関係者との協働: システムの抵抗や適応は、多くの場合、システムを構成する人々(関係者)の振る舞いを通じて現れます。てこの原理の特定から実行、そしてその後のモニタリングに至るまで、関係者をプロセスに巻き込むことが非常に重要です。関係者からシステムの現状や懸念点に関する情報を得ることは、潜在的な抵抗や適応を予測する上で役立ちます。また、施策の目的やシステム全体の構造変化について関係者と共通理解を持つことは、抵抗を減らし、システムがポジティブに適応するための土壌を作ります。

まとめ

システム分析によって特定されたてこの原理は強力な可能性を秘めていますが、システムが持つ「抵抗」と「適応」の性質により、期待通りの効果が得られないこともあります。これは、システムが絶えず自己調整し、新しい均衡を模索する動的な存在であることの証です。

システム分析の実践者として重要なのは、この抵抗や適応を単なる障害と見なすのではなく、システムの自然な振る舞いとして理解し、分析と介入計画に組み込むことです。システム構造の深い理解、抵抗・適応の予測、多角的なモニタリング、そして介入の柔軟な調整と関係者との協働を通じて、てこの原理に基づく施策の実効性を高めることが可能になります。

てこの原理の特定と実行は、一度きりの作業ではなく、システムを継続的に観察し、学習し、介入を調整していく反復的なプロセスであると捉えることが、複雑なプロジェクト課題を解決していく上で不可欠です。