てこの原理の見つけ方

問題解決の精度を高める：システム分析で「システム」の範囲と構成要素を定義する方法

Tags: システム分析, てこの原理, システム思考, 問題解決, プロジェクトマネジメント

はじめに

プロジェクトで発生する様々な問題に対し、表面的な対処を繰り返していませんか？一時的な解決策では、根本的な改善には繋がらず、問題が再発したり、別の場所で新たな問題を引き起こしたりすることがあります。このような状況を打開するためには、問題を取り巻く全体像を捉え、その構造を理解する「システム思考」に基づいた「システム分析」が有効です。

システム分析の目的の一つは、システム全体に少ない力で大きな変化をもたらすことができる「てこの原理（Leverage Point）」を特定することにあります。てこの原理を見つけ、そこに効果的に介入することで、問題の根本的な解決や効率的な改善が可能になります。

しかし、システム分析を始めるにあたり、「何から手をつければ良いのか分からない」「分析対象をどこまで広げれば良いのか迷う」といった疑問を持つ方も少なくありません。システム分析の最初の、そして最も重要なステップは、分析対象とする「システム」そのものを明確に定義することです。

この記事では、てこの原理を見つけるための土台作りとして、システム分析における「システム」の考え方、そして分析対象とするシステムの範囲（境界）と構成要素をどのように定義するか、その具体的な手順と重要性について解説します。

システム思考における「システム」とは

システム思考において「システム」とは、単に要素が寄せ集まったものではありません。それは、互いに関連し合い、相互に影響を与え合う複数の要素から構成され、全体として特定の目的や振る舞いを示す集合体を指します。

例えば、プロジェクトチームは、個々のメンバー（要素）が集まっただけでなく、彼らの間のコミュニケーションや協力関係、使用するツール、進捗管理プロセスなど、様々な要素が複雑に絡み合って機能する一つのシステムと捉えることができます。プロジェクトの遅延という問題は、単一の要素に原因があるのではなく、これらの複数の要素間の相互作用によって生み出されている可能性が高いのです。

てこの原理は、このようなシステムの構造の中に存在します。そのため、構造を理解するためには、まずその構造を構成する要素と範囲を明確にすることが不可欠です。

ステップ1：分析対象とする「システム」の範囲（境界）を定義する

システム分析では、まず「何を分析対象とするか」を明確にしなければなりません。これがシステムの「境界（Boundary）」を定義するステップです。境界を明確にすることで、分析の焦点を絞り、複雑な現実から一時的に切り離して考えることが可能になります。

システムの境界を定義するための基本的な手順は以下の通りです。

  1. 中心となる問題を明確にする:

    • まず、あなたが解決したい、あるいは理解したい具体的な問題や課題を明確に定義します。「プロジェクトの納期遅延」「特定の機能に関する顧客からの問い合わせ増加」「チーム内のコミュニケーション不足」など、具体的な事象を設定してください。
    • 問題が曖昧だと、分析対象がブレてしまい、適切なシステムを定義できません。

  2. 問題に直接・間接的に影響を与えるものをリストアップする:

    • 定義した問題の原因として考えられるもの、問題の結果として生じるもの、問題の解決に関わる可能性のあるものなど、思いつく限りの要素や関係者を広くリストアップします。
    • 例えば、プロジェクト遅延であれば、開発メンバー、顧客、マネージャー、使用技術、開発ツール、要件定義、テスト工程、他部署との連携、社内承認プロセス、予算などが考えられます。この段階では、リストアップの網羅性を重視します。

  3. 分析対象とする「システム」の境界線を引く:

    • リストアップした要素の中から、今回の分析で最も重要と考えられるもの、相互作用が大きいと考えられるものを選択し、それらを囲むように「境界線」を引きます。
    • この線の中に含まれるものが、今回の分析対象となる「システム」の範囲です。境界線の外にあるものは、システム外部の環境として扱います。
    • 境界線を引く際の判断基準は、分析の目的や深さによって異なります。「この要素を含めると、分析が複雑になりすぎるか？」「この要素は問題に大きな影響を与えているか？」などを考慮します。
    • ポイント: 境界線は一度決めたら固定ではなく、分析を進める中で必要に応じて見直すことがあります。最初は限定的な範囲から始め、必要であれば徐々に広げていくのも一つの方法です。

ステップ2：システムの構成要素とそれらの関係性を特定する

システムの境界を定義したら、次にそのシステム内に存在する「構成要素（Elements）」を特定し、それらがどのように「関係性（Relationships）」を持っているかを考えます。

  1. 主要な構成要素を洗い出す:

    • 定義した境界の中にある、システムを構成する主要な要素を具体的に洗い出します。
    • 要素となりうるものの例：
      • 人: チームメンバー、顧客、関係部署の担当者など
      • 組織: プロジェクトチーム、部門、協力会社など
      • プロセス: 開発プロセス、承認プロセス、コミュニケーション手法など
      • 情報: 要件定義書、設計書、進捗報告、顧客からのフィードバックなど
      • 物理的なもの/ツール: 開発環境、使用するソフトウェア、設備など
      • 概念: 企業文化、チームの士気、顧客満足度など
    • 要素の粒度は、分析の目的に応じて調整します。例えば、プロジェクトチームを一つの要素とするか、個々のメンバーを要素とするかなどです。

  2. 要素間の関係性や相互作用を考える:

    • 洗い出した要素が、互いにどのように影響を与え合っているかを考えます。
    • 例：「開発メンバーの数」が「開発スピード」に影響する、「顧客からのフィードバック」が「要件定義」に影響する、「承認プロセス」が「開発スピード」に影響する、といったように、要素間の「原因と結果」や「相互作用」をリストアップしたり、簡単な図に書き出したりします。
    • この関係性の特定は、後の段階で行う因果ループ図などの分析の基礎となります。

なぜこのステップが重要なのか

システム分析の最初のステップとしてシステムの範囲と構成要素を定義することは、てこの原理を見つける上で極めて重要です。

この初期段階を丁寧に行うことが、その後のシステム分析の成功、ひいては問題の根本解決に繋がるてこの原理の特定精度を左右します。

まとめ

この記事では、システム分析における「システム」の考え方、そしててこの原理を見つけるための最初のステップとして、分析対象とするシステムの範囲（境界）と構成要素を定義する手順について解説しました。

  1. 中心となる問題を明確に設定する。
  2. 問題に影響を与える可能性のあるものを広くリストアップする。
  3. 分析対象とするシステムの境界線を引く。
  4. 境界内の主要な構成要素を洗い出す。
  5. 要素間の関係性や相互作用を考える。

このステップは、複雑なプロジェクトの問題をシステムとして捉え直し、その構造理解の出発点となります。一見地味に思えるかもしれませんが、この土台がしっかりしていなければ、その後の分析は困難になります。

次のステップでは、特定した要素間の関係性をより詳細に分析し、システムが生み出すパターンや構造を明らかにするためのツール（例：因果ループ図）を活用していきます。

まずは、あなたが現在抱えているプロジェクトの問題を一つ選び、この記事で解説した手順に沿って、分析対象とする「システム」の範囲と構成要素を定義することから始めてみてください。この最初のステップが、てこの原理を見つけ、効果的な介入を実現するための確かな一歩となるでしょう。