【システム分析実践】プロジェクトの「困った」を分析対象に：てこの原理につながる構造の捉え方
はじめに
日々のプロジェクトマネジメント業務において、様々な「困った」状況に直面することは少なくありません。例えば、特定のタスクがいつも遅延する、チーム間の連携がうまくいかない、品質問題が繰り返し発生するなどです。これらの問題に対し、場当たり的な対処を繰り返していると、根本的な解決には至らず、同じ問題が再発したり、新たな問題を引き起こしたりすることがあります。
このような状況を打開し、限られたリソースで最大の効果を生む「てこの原理」を見つけるためには、問題を表面的な出来事として捉えるのではなく、それを生み出しているシステム全体の構造を理解する必要があります。しかし、「システム分析」と聞くと難しく感じたり、どこから手を付けて良いか分からなかったりする方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、プロジェクトで直面する具体的な「困った」状況を起点に、どのようにシステム分析を始め、分析対象を定義し、問題を生み出しているシステム構造を捉えるかについて、ステップバイステップで解説します。これにより、皆さんが日々の業務の中でシステム分析を実践し、「てこの原理」を見つけるための第一歩を踏み出すことを目指します。
プロジェクトの「困った」から始めるシステム分析の意義
私たちがプロジェクトで経験する様々な問題や課題は、単一の原因によって引き起こされていることは稀です。多くの場合、それはプロジェクトを構成する要素（人、プロセス、ツール、情報、組織文化など）が相互に影響し合った結果、特定のパターンとして現れています。この「要素間の相互作用が生み出すパターンや傾向」こそが、システム思考でいうところの「システム構造」です。
システム構造を理解せずに、表面的な出来事（例：「Aさんのタスクが遅れた」）だけに対処しても、それは一時的な効果しか持たないか、あるいはシステム内の別の場所にしわ寄せを生む可能性があります。てこの原理は、このシステム構造の中に存在します。つまり、小さな介入（てこ）でシステム全体に大きな変化をもたらすことができるポイントです。
プロジェクトの具体的な「困った」状況は、この隠れたシステム構造の存在を示す重要なサインです。このサインを捉え、それを起点にシステム全体を分析することで、問題の根本原因やてこの原理を見つけ出すことができるようになります。
ステップ1：分析対象となる「困った」問題の明確化
システム分析を始める最初のステップは、最も改善したい、あるいは最も気になる具体的な「困った」問題を一つ、あるいは少数に絞り込み、明確に定義することです。
漠然と「このプロジェクトは問題が多い」と考えるのではなく、具体的にどのような事象が起きているのかを特定します。
問いかけ例： * 具体的に何が「困った」状況ですか？（例：毎週金曜日に〇〇の承認プロセスでボトルネックが発生する） * その状況はいつ、どこで発生しますか？ * 誰がその状況に影響を受けていますか、あるいは関与していますか？ * その状況によって、どのような結果がもたらされていますか？（例：後続タスクが遅延する、関係者の不満が高まる） * それは一時的な問題ですか、それとも繰り返し発生するパターンですか？
これらの問いに答えることで、分析すべき具体的な「出来事」や「パターン」が明確になります。この明確化が、その後のシステム分析の土台となります。
ステップ2：問題を取り巻く「システム」の範囲を定める
明確になった「困った」問題は、より大きなシステムの一部として発生しています。次に、この問題を分析するために、どこまでを「システム」として捉え、分析対象とするかの範囲（バウンダリー）を定めます。
分析範囲を定めることは、複雑な現実から切り離して考えるための重要な作業です。範囲が狭すぎると問題の根本原因が見えなくなり、広すぎると分析が非現実的に難しくなります。
範囲を定める際の視点： * 時間軸: 問題が発生し始めたのはいつからか？ 過去の状況をどこまで遡るか？ 今後の状況をどこまで予測するか？ * 空間・組織: 問題が発生する場所はどこか？ 関連するチーム、部門、あるいは外部の関係者は誰か？ * 要素: 問題に直接的・間接的に関連する人、プロセス、情報、ツール、技術、ルール、KPIなどは何か？
これらの視点から、「困った」問題に最も直接的に関連し、かつ介入によって影響を与えうる要素や関係性が含まれるように範囲を設定します。最初は仮説で範囲を設定し、分析を進める中で必要に応じて見直すことも可能です。重要なのは、無闇に広げるのではなく、具体的な問題解決に繋がる範囲で区切ることです。
ステップ3：システムの構成要素と関係性を洗い出す
分析範囲が定まったら、その範囲内の主要な「構成要素」と、それらの間の「関係性」を具体的に洗い出します。
構成要素とは、システムを構成する具体的な要素のことです。例えば、プロジェクトチームのメンバー、特定の承認プロセス、使用しているツール、プロジェクトの進捗情報、部門間のコミュニケーションルール、パフォーマンス指標などが含まれます。
関係性とは、これらの構成要素がどのように互いに影響し合っているかを示すものです。例えば、「タスクAの完了が遅れると、担当者Bの情報更新が遅れる」といった因果関係や、「チームCとチームDの間の会議が少ないと、連携が取りにくくなる」といった影響関係です。
洗い出しのヒント： * ステップ1で明確にした問題に関わる人、物、情報、プロセス、ルールをリストアップする。 * リストアップした要素同士が、どのように互いに作用しているか（原因と結果、依存関係、情報の流れなど）を考える。 * 簡単なメモ書きや図（要素を丸で囲み、関係性を矢印で結ぶなど）で整理すると分かりやすい場合があります。
このステップは、システム構造を理解するための具体的な情報を収集・整理する作業です。客観的な事実だけでなく、関係者の認識や定性的な情報も重要になる場合があります。
ステップ4：構造から「てこの原理」の候補を探す視点
ステップ3で洗い出した構成要素とその関係性を整理すると、問題を生み出しているシステム全体の「構造」が浮かび上がってきます。構造とは、要素間の関係性が繰り返されることで生まれる、特定のパターンや振る舞いのことです。システム思考では、特に「フィードバックループ」という構造が重要視されます。フィードバックループとは、ある結果が原因となって、さらにその原因に影響を与え、結果を増幅または抑制する循環的な関係のことです。
例えば、「タスク遅延が多い」という問題の構造として、以下のようなフィードバックループが見つかるかもしれません。 「タスク遅延が多い」 → 「関係者間の情報共有が不十分になる」 → 「手戻りが発生しやすくなる」 → 「さらにタスク遅延が増える」
この構造を理解することで、表面的なタスク遅延だけに対処するのではなく、その背後にある「情報共有の不十分さ」や「手戻り」といった、より深いレベルの問題に目を向けることができます。
この構造の中で、「てこの原理」の候補となるのは、以下のようなポイントです。 * フィードバックループの弱いリンク: ループ内のどこかに介入することで、ループ全体の動きを大きく変えられる可能性がある箇所。 * 遅延（タイムラグ）の大きい部分: 効果が出るまでに時間がかかるため見過ごされやすいが、そこに介入することで長期的な影響を与えられる箇所。 * 情報の流れを変えるポイント: システム内の情報の質や流れを変えることで、構成要素の意思決定や行動に影響を与えられる箇所。 * ルールの変更点: システム全体の振る舞いを規定しているルールそのものを変えることで、構造全体を変えられる箇所。
洗い出した構造を見ながら、これらの視点を持って「どこに手を打てば、この問題が効率的に解決に向かうか」を検討します。この段階では、複数の候補が考えられることもあります。
まとめ
この記事では、プロジェクトで直面する具体的な「困った」状況からシステム分析を始め、「てこの原理」を見つけるための最初の手順を解説しました。
- 分析対象となる「困った」問題の明確化: 具体的な事象を特定し、言語化します。
- 問題を取り巻く「システム」の範囲を定める: 問題に関連する要素や関係性を考慮し、分析する範囲を区切ります。
- システムの構成要素と関係性を洗い出す: 範囲内の要素と、それらがどのように影響し合っているかを特定します。
- 構造から「てこの原理」の候補を探す視点: 洗い出した要素と関係性から見える構造（特にフィードバックループ）の中で、効果的な介入点を探します。
これらのステップを通じて、皆さんは目の前の問題がより大きなシステムの中でどのように発生しているのかを理解し始めることができます。これが、表面的な対処療法から脱却し、根本的な解決策である「てこの原理」にたどり着くための重要な一歩です。
システム分析は一度に完璧に行う必要はありません。まずは身近な「困った」ことから、小さな範囲で分析を始めてみてください。分析を深めるにつれて、因果ループ図などのツールを活用したり、より複雑な構造パターンを学んだりすることで、さらに精緻なてこの原理特定が可能になります。
この記事が、皆さんがシステム思考を実践し、プロジェクトの問題解決においてより効果的な一手を見つけるための一助となれば幸いです。