【システム思考実践】因果ループ図から本当に効く「てこの原理」を見つけるための問いかけ
はじめに
プロジェクトにおいて、複雑な問題に直面した際、表面的な事象に囚われず根本原因に対処することの重要性は広く認識されています。システム思考は、このような複雑な問題の構造を理解し、効果的な介入点である「てこの原理」を見つけるための強力なアプローチです。
前回の記事などで因果ループ図を用いて問題の構造を図示することはできるようになりました。しかし、その図を前にして、「この図の中から、一体どこに手をつければ最も効果があるのか?」「『てこの原理』はどこにあるのか?」と悩む方もいらっしゃるかもしれません。
因果ループ図は、問題の要素間の因果関係と、それらが形成するフィードバックループを可視化するツールです。しかし、図を描くだけでは「てこの原理」が自然と浮かび上がってくるわけではありません。図からてこの原理を見つけるためには、図をどのように読み解き、どのような視点から問いかけるかが鍵となります。
この記事では、作成した因果ループ図から、真に効果的な「てこの原理」候補を見つけるための具体的な「問いかけ」と、その背後にあるシステム思考の視点について解説します。
システム分析における「てこの原理」とは
まず、「てこの原理」という言葉について改めて確認します。システム思考において、てこの原理(Leverage Point)とは、システムに小さな介入を行うことで、システム全体に大きな、そして持続的な変化をもたらすことができる場所や要因のことです。
複雑なシステムでは、問題の「原因」と思われている場所にいくら力を加えても、なかなか状況が改善しないことがあります。これは、システムが持つ自己調整の仕組み(フィードバックループ)や、要素間の相互作用によって、加えた力が吸収されてしまうためです。てこの原理は、このようなシステムの構造を理解した上で、システムが最も敏感に反応する、あるいは構造そのものを変化させうる点を見つけ出すアプローチです。
因果ループ図がてこの原理探しに役立つ理由
因果ループ図は、システム内の要素(変数)が互いにどのように影響し合い、時間とともにどのように変化していくか、その「構造」を可視化します。特に、システムを動かす原動力となるフィードバックループ(強化ループと均衡ループ)を明確に示します。
- 強化ループ(Reinforcing Loop - R): 変化を加速させるループです。雪だるま式に増える、あるいは減るといった状況を生み出します。
- 均衡ループ(Balancing Loop - B): 目標や基準値に向かってシステムを安定させようとするループです。現状を維持したり、目標とのギャップを埋めようとしたりする働きを持ちます。
これらのループの存在と相互作用こそが、システムの振る舞いを決定づけています。したがって、てこの原理は、単なる個々の要素ではなく、これらのループの構造や、ループ間の相互作用の中に存在することが多いのです。因果ループ図は、この構造を目の前に広げてくれるため、てこの原理を探すための有力な手がかりとなります。
因果ループ図からてこの原理候補を見つけるための視点
因果ループ図を読み解き、「てこの原理」の候補となりうる場所を見つけるためには、いくつかの重要な視点があります。
- 影響力の強い要素やループ: 図の中で、他の多くの要素に影響を与えている、あるいはシステムの主要なフィードバックループを構成している要素や関係性に注目します。ただし、表面的な影響力だけでなく、構造的な影響力を考えます。
- システムの振る舞いを決定づける主要なフィードバックループ: システムの長期的なトレンド(成長、衰退、安定など)を生み出している主要な強化ループや、問題を一定レベルに留めている均衡ループは特に重要です。これらのループを操作することで、システムの振る舞いを根本的に変えられる可能性があります。
- 遅延(Delay): 原因と結果の間に時間的な遅れがある場所は、システムの振る舞いに予測困難性をもたらしたり、オーバーシュートや振動を引き起こしたりする原因となります。この遅延を短縮したり調整したりすることが、てこの原理となる場合があります。
- 情報の流れと意思決定点: システム内の情報は、意思決定に大きな影響を与えます。情報が不正確であったり、伝達が遅れたり、あるいは特定の情報に基づいて行われる意思決定のルールそのものがシステムの振る舞いを悪化させている場合があります。情報の質や流れ、意思決定のルールに介入することが効果的な場合があります。
- システムの目的、パラダイム: 最も強力なてこの原理は、システムの目的そのものや、システムを構成する人々の思考様式(パラダイム)を変えることにあります。因果ループ図は現在の構造を示しますが、その構造がどのような目的や思考に基づいて形成されているのかを深く考察することが重要です。
てこの原理を見つけるための具体的な「問いかけ」リスト
これらの視点を踏まえ、作成した因果ループ図を見ながら、自身やチームに具体的な問いかけを投げかけてみましょう。
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フィードバックループの目的と方向性について:
- 「この強化ループ(R)は、何を増幅させているだろうか?それは望ましい方向か、望ましくない方向か?」
- 「もし望ましくない強化ループなら、その勢いを弱めるにはどこに介入できるか?もし望ましい強化ループなら、その勢いをさらに強めるにはどこに介入できるか?」
- 「この均衡ループ(B)は、何を一定に保とうとしているだろうか?その『一定の状態(目標値)』は現状に適しているか?」
- 「この均衡ループが問題をなかなか解決できないのは、どの要素が『抵抗』になっているからか?その抵抗を弱めるには?」
- 「異なるフィードバックループが互いにどのように影響し合っているか?あるループを強化/弱化させることが、別のループにどのような影響を与えるか?」
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要素間の関係性について:
- 「この遅延は、システムの不安定さや非効率性の原因になっているか?この遅延を短く、あるいは適切に調整する方法はないか?」
- 「システム内で最も感度が高いのはどの関係性か?少しの変化が大きな影響を与える場所はどこか?」
- 「システムの振る舞いを理解する上で、見落としている可能性のある要素や関係性はないか?(図を完成させるための問い)」
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情報の流れと意思決定について:
- 「意思決定に用いられている情報は、正確か、タイムリーか?情報の流れを改善するには?」
- 「特定の意思決定ルールやパラメータ(例:閾値、目標設定値など)が、システムの振る舞いを悪化させていないか?これらのルールやパラメータを変更することは可能か?」
- 「システム内のコミュニケーションや認識のずれが、問題の原因になっていないか?それらを改善するには?」
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より高次の視点から:
- 「このシステムは何のために存在しているのか?その目的は明確か、適切か?」
- 「システムに関わる人々の考え方(パラダイム)は、現在の問題構造を生み出す一因となっていないか?異なる考え方を取り入れることは可能か?」
- 「システムの構造自体を変える(例:新しい要素を追加する、重要な関係性を削除/追加する)ことは検討できるか?」
これらの問いかけは網羅的ではありませんが、因果ループ図を構造的に、そして多角的に捉え直すための出発点となります。問いかけを通じて、図の背後にある力学や、見慣れた構造の中に隠された可能性に気づくことができるでしょう。
問いかけからてこの原理候補を見つけるプロセス
- 因果ループ図を丁寧に眺める: 作成した図全体を見渡し、描かれている要素、矢印、ループ(RとB)を確認します。
- 問いかけリストを活用する: 上記のような問いかけを一つずつ、図の特定の箇所やループに当てはめて考えてみます。
- 仮説を立てる: 「もしこの部分に介入したら、システムはどのように反応するだろうか?」という仮説を立てます。特に、均衡ループの目標値、強化ループの勢いを左右する要素、遅延部分、情報や意思決定に関する要素は、てこの原理候補となりやすい傾向があります。
- 議論と検証: チームメンバーと図や問いかけに対する考えを共有し、様々な視点から候補を検討します。必要であれば、図を修正したり、さらに詳細な分析(ストック&フロー図など)に進んだりします。
- てこの原理候補の特定: 議論を通じて、「ここならば少ない力で大きな変化をもたらしうる」と考えられる具体的な介入点を特定します。
まとめ
因果ループ図は、複雑な問題の構造を理解するための強力なツールですが、「てこの原理」を特定するためには、図を描くことと同じくらい、図をどのように読み解き、どのような問いを投げかけるかが重要です。
システムの振る舞いを決定づけるフィードバックループ、影響力の強い要素、遅延、情報や意思決定の流れ、そしてシステムの目的やパラダイムといった視点から、具体的な問いかけを投げかけることで、図の中に隠された「てこの原理」候補が見えてくるはずです。
ここで見つけられた候補は、あくまで介入の可能性がある点です。これらの候補が本当に効果的か、どのような影響(望ましくない副作用も含む)をもたらす可能性があるかについては、さらに検討が必要です。次回の記事では、このようにして見つかったてこの原理候補をどのように評価し、優先順位をつけていくかについて詳しく解説する予定です。
因果ループ図を単なる「絵」として終わらせず、システムを深く理解し、真に効果的な一手を打つための「思考ツール」として最大限に活用していきましょう。